進化の説で「と」かどうかは、「その現象が起こりうるかどうかと、その現象は進化の主たる原動力かどうかを混同する」かどうかで見分けが付くと思います。ウィルス進化論だって、ウィルスが原因である遺伝子の水平移動が起きていることとウィルスが原因になった進化(変化)がある、ということまでは非常に真っ当な、学問としても現在研究が進められている(というよりは考慮に値する仮説)なわけですが、だからといって「キリンの首が長いのも人間の脳がでかいのもみんなウィルスのせい」という主張(中原とか佐川とか……)との間には暗くて深くて幅が広い川が流れているわけで。
利己的な遺伝子だって、今までの考え方では説明できなかった部分を「利己的な遺伝子」という見方で読み解いた(個体に有利でなくとも増え続ける遺伝子がある、という事象を上手く説明できる)ドーキンスの説は、非常に真っ当かつ考慮に値するものなんですが、重要なのはそれがどの程度の遺伝子に見られる現象なのかということで、トランスポゾン(ゲノム中を動き、ときには増殖する遺伝子……つかDNAの配列)が利己的遺伝子で増えているからといって「男が浮気するのも足が長い男がもてるのもみんな利己的遺伝子のせいなのよ」という主張(竹内……)までとぶとそりゃー「と」でしょう。
今西進化論だって、「種は変わるべきときに変わる」じゃあ学説をなしてないわけで(科学というのは検証可能な説でないと検証できない)、変わるメカニズムやらその現象が見られる証拠やらがないと駄目駄目ってことです(お弟子さんたちはウィルス進化論でメカニズムが説明できると主張したいようだけど、それが進化のメインドライヴである可能性が低い現状ではね、駄目でしょ)。そのあたりが腐ってもグールドで、断続平衡説はそれなりに見るべきものがあると(アンチ・グールドの最たる私ですら)思いますよ。それなりの証拠と仮説を、グールドは提供してますからね。
というのが総統日記(01/10)への答えということで。
あと「進化的な視点を鑑みない生物学は生物学じゃねえ」派の私としては、生物進化の話が生物IIに入ったのはショックでした>現場からの報告@みらい子さんの日記。集団遺伝学は、そもそも木村はおろかハーディ・ワインベルグの名前すら教科書になかった世代なんで、あきらめてます。でもなーとりあえずダーウィンとラマルクの名前があるだけでも大分違うと思うんですよ。それすらないとなると、もにょることさえせずに、無知の無知のまま生きていくことになりそうで……そんな奴らに生物倫理を語られるような時代に生きていたくないよー(って今すぐ氏ねってか)。
ってゆーか生物を理解するには、それこそ物理(エントロピーのなんたるか)から化学(有機だけじゃなくて浸透圧とかイオンもあるから無機もな)から、形態学系統学発生学生化学遺伝学進化学etcetcの知識が必要で、それは目の前のゾウリムシ(真核生物・単細胞動物)1個体を理解するにもその全ての土台が必要なんだけど、高校生物ってその土台の基礎になる地盤をとりあえず建物が建つように平らにしておきしょ、必要なら自分で土台を持ってきて家を建ててね、ってなとこまで持ってゆくべきものでしょう。それなのに一番コアなとこにある(と私は信じている<これは個人的な信念なので人によって違うだろう)進化を生物IB(高校生物の中で共通な課程)から外すとは、……って数年前にも嘆いたよな……。
そして来年(今年の4月)から生物IBで「進化」という言葉を使ってはいけない、という文部科学省通達を読んでさらにため息。貴様は文部科学省ではなくて、妄想仮学省だ!
あー、えーと、総統はおいらの日記、06日と08日の分をお読みいただいてますでしょうか。
読んだ上で、
もう一度明言しておくと、俺は「進化」は信じているけど学校で教えられた「進化論」(多分、「突然変異」と「自然淘汰」を柱にしたネオ・ダーウィニズム、かな?)は信じていないということで、勉強しなおしてもそれは変わらなかった、ってことですな。
高校で教わった「進化論」はとても不完全なものです。でも高校で教わった微分積分だって不完全なものでした。高校の化学なんて、電子は各々の殻(軌道)をとても行儀よくとんでましたしね。
高校で教わった進化論がそのまんま全部正しいと思い込むのはとても危険です。高校で教わった重力加速度の公式がそのまま全てのケースに外挿出来ると思い込むのも危険です。そりゃそーですよね、高校なんてせいぜい3年、その間に理科だけでなく数学、英語、国語、社会、その他の教科に人間としての道徳も教えないといけないのですから、どの学問も完璧に出来るわけはありませんよね。
だから高校の課程では最新の学説を紹介するというよりは寧ろそれを理解するのに必要な教養を身につけさせるべきだと思っていて、そういう意味では
「突然変異」と「自然淘汰」を柱にしたネオ・ダーウィニズム、かな?
で、その上で
今はグールド(『ワンダフル・ライフ』は読んでいたがどんな人かは知らなかった。『個体発生と系統発生』とか他の著書の方が面白そう)とか今西錦司とか(他にも日本人の学者が沢山活躍していてビックリ)自分の考えに近い学者も居ることがわかったのが収穫で謎は謎のままって感じですか。
今西錦司とか(他にも日本人の学者が沢山活躍していてビックリ)自分の考えに近い学者も
それを
化石しか証拠がない進化論も「科学」として捕らえない方が自由っつーか、自然な気がしますな。
あとはほぼ余談。
学校で今ある学説をちゃんと教えないんだとしたらかなり憂慮すべき事態だよな。
円周率を「3」で教えようとか台形の面積の公式なくすとか言い出す文部科学省はなんなんだか。
そういえば「オッカムの剃刀」という言葉も初めて知った。「ダモクレスの剣」よりは知られてない言葉だと思うけど。
ビッグバンとか月の話は他の方突っ込みお願いです。私は進化の話担当ということで
多分落としどころというか、落ちるべきところは見えてきたと思うんですが、おいらと総統の進化論争。
取り急ぎ一言。何を信じるのも結構です、が、科学には科学の文法というものがあり、科学の仮説は全てその上で厳密な検証を経ております。自然選択(淘汰)にせよ突然変異にせよその厳密な検証を経て生き残ってます。それを駄目と言うのなら、それなりの証拠が必要になります。駄目だと信じることと、科学の文法上で駄目だということは全くの別問題です。
それと、これは「と」の方々によく見られる論法なのですが、「現在複数の学説が出ている」ということと、「ならばその学問は根底から揺らいでいる」というのはごっちゃにしないでください。前に言ったことを繰り返すと「その現象が起こりうるかどうかと、その現象は進化の主たる原動力かどうかを混同する」のはおかしい、ということです。
正解といってもオールオアナッシングで正解があるわけではなく、そういう意味では万能に最も近い理論といえば進化学の中では自然選択と突然変異と中立説でしょう(中立説は前二つに劣るだろうという意見もあるでしょうが)。その証拠ならいくらでもあります。それだけでは完璧に説明は出来ないが、ほとんどの部分(個人的には100%、恐らく多くの人が納得できるあたりでも90%以上)は説明できます。その説を、「その説だけでは納得できない」と否定するのと「その説は納得できない」と否定するのは違うということは理解いただけますでしょうか。
つーか神か宇宙人が地球生態系を作ったのだとしたら、私はそいつをバカだと思います。おろか過ぎです。やり直しを要求します(笑…それこそイリーガルエイリアンに出てきましたよね)。もう一つ間違いなく言えるとしたらそいつは昆虫オタクですね。あー昆虫だって地球の生命の進化の過程で出てきた、たかが動物の一つの門の、一つの綱に過ぎません。それを補佐する証拠は矢張り山のようにあります。山のようにとか、量的な話を誤魔化していた(これは異論もあるだろうので)あたりで総統は誤解されているようですが、桁が違います。
ということで続きは「科学とは」からやったほうがいいのでしょうか。
つか普通の日記も書きてーよー、はなまるうどん、不味いとか。
ということで、いい加減長文ばかりで疲れてきている方も多いとは思いますが、まだまだ続きます進化の話。……すみません、はなまるうどんが駄目駄目で、どういううどんが讃岐うどんとして正しいのか、というかはなまるうどんごときを讃岐うどんと思い込むな東京人、という話はまた後日に。
以下引用タグ(blockquote)で囲んだ文章は特に明記が無い限り総統の日記01/13からの引用です。引用順が相前後しておりますので、ご注意をば。元の文は総統の日記を確認してくださいませ。
まずは「科学とは」。昨日も書いたとおり何を信じるのも人間の自由です。日本はありがたいことに信仰の自由(信じない自由も)を認めておりますので、それに関しては私が立ち入るべきことではないでしょう。いわしの頭を信じようとインコ森羅教を信じようと、それは自由です。
無論科学を信じないのも自由です。が、それに対して「それでも地球は回っている」と言うこともまた、日本は言論の自由を認めている国ですので、自由ですよね?
だから私は、科学とは「信じないこと」「疑うこと」であり、反証可能性と論理性を両輪に一つの学問体系を作ってゆくことである、と考えます(そしてこれは多くの科学者が賛同するところかと)。そういう意味で
科学者の方がしっかり生命の在り方を「科学」しようと努力してるのはわかりますし、それらの考え方は俺を納得させるのに充分な説得力を持っているのもわかります。
数学と違って科学はまだまだ隙があるので隙は隙のままで無理矢理他人の「考え方」で埋めなくても良いかな、という感じですか。
ただ、俺は科学者ではないので世の中のすべてを「科学」でかたづけようとしたくない、といえばいいんでしょうかね。
で、やや本論とはずれるかもしれませんが
最新の進化論を教えるという点についてはのださんに落ち度はなく成功してると思います。
つーことで総統がもにょっている*4事項に関しては、現代主流の進化学者は誰も主張していないことなのです。そんなことで進化論が間違っているといわれても、双子のパラドックスを生み出すということは相対性理論は間違っているのだ、と言われるようなもので、もう一度基本的な科学啓蒙書を読み直しては、としか言いようがありません。(拙日記01/06)
変異がなけりゃ変化はおきない。変化ってのがすなわち進化なわけで、ダーウィンだけじゃこんなに早い進化(35〜40億年で今の状況になる)は無理なのでは、というのがかなり疑問視されてました(1960年ごろまでは)。(拙日記01/09)
そこで登場したのが木村の中立説(余談だけどこの説の信奉者がドーキンス)。
だから高校の課程では最新の学説を紹介するというよりは寧ろそれを理解するのに必要な教養を身につけさせるべきだと思っていて、そういう意味では(拙日記01/12、斜体部分は総統日記より孫引用)
「突然変異」と「自然淘汰」を柱にしたネオ・ダーウィニズム、かな?
は基礎の基礎、一番根幹をなす部分です。無論それだけで全てが理解&説明できるわけではないのも事実ですが、進化の基礎を限られた時間で多くの人に教えるのには最適の部分だと思います
で、進化の実例の話……は明日ということで、すみません、総統、一日に書ける文章には限界があるんです……。
あ、日記に他のことが書けないのは単に私がシングルタスク人間なので、そのせいですので気にしないでください>総統。というか量が多すぎて、いまだだらだら13日の日記分と戦ってますし……とろいのか、単にオレがとろいだけなのか。hirayanさんの進化論を考えるにも反応したいんですが、脊髄反射できるレベルで無いので時間かかってます、すみません。
…………人に理解してもらえる文章というのは難しいです。はふ。
気を取り直して、進化は科学なのか、という話(予告と内容が異なるのはジャンプの伝統ということで)。
あとどこで「進化は科学じゃない」というふうになってしまったのかがわからないんですが(どこか書き方が悪かったのかな?)、俺はそうは思ってないです。(総統日記01/13)
化石しか証拠がない進化論も「科学」として捕らえない方が自由っつーか、自然な気がしますな。
特に進化論については実験による追試みたいのができない部分が大きいので事実と事実の紐付けは「考え方」に頼るしかなくてそこに限界を見たような気がするんですよ。
(化石しか証拠がない、といったのはまずかったですが、現存生物から得られる情報と化石生物の情報って突き合わせしかできなくて遷移は観察できない、ということです)
ということで続きはまた明日。
前略進化の話。
ということで自然選択(淘汰)と中立説の正しさは既に確認されております。この辺の話は繰り返しやったつもりだった
通常、ダーウィンの進化論とか、ダーウィニズムと呼んだときの肝となるのは「生物は次の世代に今の世代より多くの子孫を残す」ゆえに「生物の個体数は増加するが、環境が受容可能な個体数は有限であるので、いつしか限界に達し競争が起こる」ということだと思います。その必然的に起こる競争ゆえに集団の中で最も環境に適応したもの(最適者)が生き残る、というものです。その結果生き残った個体(=環境に適応した個体)が子孫を残し、その子孫は親からその環境に適応した形質を受け継ぐ可能性が高いので世代を重ねるごとに適応した形質を持った個体が増えてゆき、遂には集団全体にいきわたる、というあたりを否定するのは困難ではないでしょうか。
困難というのは、ダーウィニズム的な進化(最適者生存)で説明可能な事実が幾つも見つかっていること、人為的に環境を整えてやる(というか人為的に選択を行う)ことで確かに今現在進化が起きているということ、などダーウィン的進化論を裏付ける検証結果が幾つもあるのに、ダーウィン的進化論を否定できるような事実は殆どない(ダーウィン進化論だけでは説明が出来ない事象は幾つもあるけど、それは亜光速で動く物体の振る舞いがニュートン力学で説明できないからといってニュートン力学は否定できないように、ダーウィンを否定はしない)。(拙日記01/08)
なにせ中立な変異は数が多いです。生き残るものは少数(生き残る確率は、集団の大きさをnとすると2n分の1)とはいえ、母数が大きいわけですから相当な数が生き残っちゃいます(起こる突然変異の数はほぼ2n×突然変異率、生き残る確率2n分の1を掛けるので突然変異率=生き残る中立な変異の数=進化速度、ということになります)。
つまり実際にはダーウィン的っつーよりはむしろ「てきとーに変異が起こる」「てきとーに生き残った奴が子孫を残す」、てきとーな(確率論的な)進化が支配的であるのです。(拙日記01/09)
「突然変異」と「自然淘汰」を柱にしたネオ・ダーウィニズム、かな?
は基礎の基礎、一番根幹をなす部分です。無論それだけで全てが理解&説明できるわけではないのも事実ですが、進化の基礎を限られた時間で多くの人に教えるのには最適の部分だと思います。総統が信じなくても、それでも進化は起こってるんだというか、どう考えても突然変異と自然選択(淘汰)でしか説明できない事象が山のようにあるんですが。中立的な変異だって山のようにあるけど、やっぱ自然選択(淘汰)というのは中立進化に比べると強い(早い)ので、そいつが起こると中立であるという仮定からは明らかに有意にずれるので、判るんですよ(拙日記01/12)
で、その俺世界で化石の時代と今の時代の生態系がうまく結びついていないっつーだけなんです。「突然変異」と「自然淘汰」じゃ俺的には駄目なんですわ(ここが問題なのかな?ここに対する不信感が今もあるっつーのが)。
偉い学者さんたちの色々な考え方がある=まだ正解は見つかってないんじゃないの?
とりあえず総統へは、グールド(ニワトリの歯とか、てきとーにハヤカワNFでどぞ)とドーキンス(ブラインドウォッチメイカーとか、今なら虹の解体もいいかも)両方読む、というのをお勧めします。二人とも恐らくは進化学者のなかの最右翼と最左翼にあたる立場でものを言ってますので、現代進化学がどれだけふらついているのかが如実に判ると思います。ふらついてはいても、どこまで確固としているかも(拙日記01/08)
グールドは突然変異や自然選択を否定なんてしてませんが何か。彼はダーウィニズム+中立説では進化は説明しきれないと主張しているのであって、ネオダーウィニズムそのものを批判しているのではないです(拙日記01/12)
困難というのは、ダーウィニズム的な進化(最適者生存)で説明可能な事実が幾つも見つかっていること、人為的に環境を整えてやる(というか人為的に選択を行う)ことで確かに今現在進化が起きているということ、などダーウィン的進化論を裏付ける検証結果が幾つもあるのに、ダーウィン的進化論を否定できるような事実は殆どない(ダーウィン進化論だけでは説明が出来ない事象は幾つもあるけど、それは亜光速で動く物体の振る舞いがニュートン力学で説明できないからといってニュートン力学は否定できないように、ダーウィンを否定はしない)。(拙日記01/08)
ウィルス進化論だって、ウィルスが原因である遺伝子の水平移動が起きていることとウィルスが原因になった進化(変化)がある、ということまでは非常に真っ当な、学問としても現在研究が進められている(というよりは考慮に値する仮説)なわけですが、だからといって「キリンの首が長いのも人間の脳がでかいのもみんなウィルスのせい」という主張(中原とか佐川とか……)との間には暗くて深くて幅が広い川が流れているわけで。
利己的な遺伝子だって、今までの考え方では説明できなかった部分を「利己的な遺伝子」という見方で読み解いた(個体に有利でなくとも増え続ける遺伝子がある、という事象を上手く説明できる)ドーキンスの説は、非常に真っ当かつ考慮に値するものなんですが、重要なのはそれがどの程度の遺伝子に見られる現象なのかということで、トランスポゾン(ゲノム中を動き、ときには増殖する遺伝子……つかDNAの配列)が利己的遺伝子で増えているからといって「男が浮気するのも足が長い男がもてるのもみんな利己的遺伝子のせいなのよ」という主張(竹内……)までとぶとそりゃー「と」でしょう。(拙日記01/11)
ならば、それらの考え方の一つ一つは尊重して俺は俺の考え方を持っていてもいいのかな、と思ったわけです(学者と俺が同列ってのはおこがましいですが)。
で、「考え方」でいったら俺より頭がいい人が云ってることはどれを聞いても「納得」はしてしまうんですよ。もともと信じやすいタイプなんで。だから正解がない世界なら自分のスタンスを(たとえ間違いでも)持っていることが大切なのかなぁ、と思ったわけです。
じゃあなんで「突然変異」と「自然淘汰」を柱とした現在主流の進化論に「納得」いかないのかといわれると、のださんは「それでしか説明できないことが山のようにある」、といいますがそれで説明できないことも山のようにあるから諸説出てるんじゃないでしょうか?
現在の生態系、というかいまの生物がどうして今の形態になったかの大多数が「突然変異」と「自然淘汰」で納得がいけば俺もこんなにゴネないんですが。それとも俺が知らないだけで大半がそれ(突然変異と自然淘汰)で説明出来てそれの撃ち漏らしを説明するために他の説がある、というのが現状なんでしょうか?
また突然変異以外の変化で確実に子孫に受け継がれる例は、多細胞動物では知られていません。細胞質遺伝というものがあるのですが、それすら結局のところはミトコンドリアや葉緑体(は動物にはないけど)の遺伝子(もDNAが本体であり、その変化は突然変異と呼ばれる)や、細胞質に共生している細菌(の遺伝子もまた同上)によって決定されているのであり、究極的には突然変異による変化があって、そしてそれが子孫に受け継がれて初めて進化に寄与しうるのです。
つまり、はじめに突然変異ありき、なのです。生殖細胞系列で生じた突然変異が子孫に受け継がれて初めて、進化の第一歩となりうるのです。
こうして突然変異が集団中に生じたとします。まず第一の関門は、その突然変異が形質に影響を与えるものかどうか、です。多細胞動物の場合、ゲノムの殆ど(9割)は意味がない領域である(ジャンクDNA)と言われています。そこに本当に意味はないのかといわれるとまだまだ謎(というよりは何らかの制限はあるらしいことが判明している)ですが、確かに遺伝子(=形質を支配する因子=タンパク質を作るコードを指定している領域)と遺伝子の隙間の塩基が1塩基違ったとしても、検出可能なほど形質に変化を与えることはまず(イレブンナインほど)ないです。或いはタンパク質を作るコードでも一部重複しているものがあり(複数のコードが同じタンパク質の材料=アミノ酸を指定している場合がある)、そういう重複コードから重複コードへの変化だった場合はタンパク質の変化としては現れてきません。こういった形質に影響を与えない突然変異は、その突然変異を受け継いだ個体の生存にとって有利でも不利でもありません。だから中立説に基づいて確率的に(ランダムに)更に子孫に受け継がれたりそこで消滅してしまったりします。ちなみにヒトのゲノムは約10の9乗塩基対あります。突然変異率は大体世代あたり10のマイナス9乗程度です。ゲノムの殆どは上に述べたように中立な領域であると考えられますので、例えば私個人の生殖細胞系列に中立な変異が起こる数を考えると、ゲノムあたりおよそ1個の(というより一桁程度の数)中立な突然変異が生じるということになりますね。先だって排卵した卵にも、何か中立な突然変異が起こっていた可能性は結構高いでしょう。
また起こった突然変異が形質に影響を与えるものである場合、その形質への影響が生存と生殖に影響を与えるかどうかが第二の関門になります。形質に影響を与えるけど生存と生殖に影響はない場合(例えばビタミンC合成酵素が失活するとか)、その突然変異もまた中立ですので、中立説に従ってランダムに受け継がれたり受け継がれなかったりします。一昔以上前ならいざ知らず、今の日本だと髪の毛根でメラニン色素を合成する酵素(あるいはそこで合成するように決定する命令を出す遺伝子)に起こった突然変異で茶髪になったとしても生存上有利でも不利でもなさそうなので、これも中立な例ですね。
突然変異が形質に影響を与え、あまつさえその影響が生存上不利な場合は、その突然変異は速やかに自然選択によって集団から取り除かれるでしょう。最後に突然変異が形質に影響を与え、影響が生存上有利な場合は、同じように自然選択によって集団に固定します。
ここまでが進化の基本(+発生学の基本+遺伝学の基本、は高校生物でもやることで、高校生物でやらないのは中立説のとこくらい)です。ではここからどれだけの事象が説明可能か、という話はまた明日。
おいらとてもとろくて不器用なので、総統が14日以後で何が判って何に納得して、13日時点で出された無数の質問のうちどれの答えはもう不要になっているのかがよく判りません。そもそもおいらの大量のべた打ちテキスト(いや一応HTMLで打ってはいるけどさ)のどのくらいを総統が読んでいるのかさえ定かではありません(例えば自然選択と自然淘汰とかの用語選択に総統が斟酌してないあたり、読み飛ばされているのかと感じないでもなかったり、ああでもそれは被害妄想だとは判ってはいるんですよ)。なにせ11日目に入って、毎日それなりの量のテキストをそれなりに脳味噌捻って生み出しているんで、疲れてきているんです。ってゆーか読めてますかねえオレの文章。誰にも届いてないんじゃないかと思って、だったら自分で楽しいこと書いてるほうが100倍もましだよなとか考えたり。答えても答えても果てないし、そうかと思うと総統が納得するロジックは理解できないし。
とりあえず無骨に総統日記13日の分への回答と思われるものを縷々書き綴ってゆきます。まずは突然変異+自然選択(淘汰)+中立説で何が説明可能なのか、という話から。
ってゆーか説明可能ってんなら全て説明可能です。だって、生物の形質は遺伝子が決定していて、その遺伝子に起こる変化を突然変異と呼ぶんですもの。その変化が個体→集団へ固定してゆく(あるいは集団から除去される)方法に自然選択(淘汰)と中立説がある、ってだけで、確かに全ての変異は生存に不利か有利かそのどちらでもない(=中立)かに分けられますから。それ以外の変異はないですからね。全ての変化とそれが集団に浸透する全ての方法についてもう説明は出来ているわけですよ。
語義的に、論理的に、かなり強い説であることはお判りいただけますでしょうか?
とか言ってそれだけで納得してもらえるとは思ってません。そこである例をお話しすることにしましょう。
多細胞動物(だけじゃないんだけど)にはHoxと呼ばれる遺伝子群があります。「ホメオティックドメイン」と呼ばれるDNAに結合するようなタンパク質のパーツを作る情報を含む遺伝子群です。遺伝子群、と言ったようにHox遺伝子には基本的にはNo.1からNo.13くらいまでの種類があります。この遺伝子はゲノム(というか染色体上)にタンデムに(直列に)、順序良く並んでいます。しかもその順番どおりに頭から尻尾(というか口から肛門というか)までの体の軸(前後軸)を決定する鍵になっている遺伝子群なのです。
余談ですが、このHox遺伝子群、ヒトと同じようなワンセットをショウジョウバエも持っています。ゲノム上でタンデムに並んでいるところまで同じです。ただ、ショウジョウバエではヒトとは逆になっているだけで。つまりヒトで頭−胸−腹と並んでいるとすると、ハエでは腹(ヒトでは頭を作る遺伝子)−胸−頭(ヒトでは腹を作る遺伝子)となっているわけです。でも、ハエでこのHox遺伝子の一つ、Pax6と呼ばれる目を作る遺伝子が壊れちゃった突然変異系統がいるのですが、そいつにヒトのPax6遺伝子を組み込んでやるとなんと目が復活したりします。こういう前提を踏まえ、ヒトを知るにはショウジョウバエから(なにせ遺伝学的知識や遺伝学的実験手法の蓄積に関してはショウジョウバエほど優秀な実験動物はいませんからね。しかも低コストだし)、とハエを研究している学者も多くいます。Hox遺伝子に代表されるようにハエとヒトと基本的な体制は同じですから。無論異なる部分も多くあって、それはそれで有意義な知見を人類に与えてくれてはいますが、多細胞動物はたかが1界、共通の祖先から進化してきた連中なだけに根っこのところは同じなんですよ(原腸陥入あたりなんて、そっくりだし)。そんなエピソードを知ってなお、昆虫は宇宙から来た説に与しますか?
閑話休題。前後軸を作る上では非常に多くの遺伝子が協調的に働くのですが、その際どの遺伝子の発現(遺伝子がコードするタンパク質の合成を行うこと、その機能を発揮すること)をオンにしてどの遺伝子の発現をオフにするかを決める、一番大本のスイッチ(ブレーカーみたいなものでしょうか)になるのがHox遺伝子群なのです(DNAに結合してオン−オフの制御を行っていると考えられています)。
このHox遺伝子に突然変異が起こるとどうなるか。流石にヒトではそんな突然変異体は知られていませんが、ショウジョウバエでは胸部の体節がいきなり倍加してしまったり(通常1対2枚ある飛行のための翅が2対4枚あるので、かなりインパクトのある姿をしています)、あるいは頭にある触覚(匂いを感じるための器官。眼と眼の間にあります)が肢(通常は胸のところにあります)に変わってしまったり、といった突然変異体が知られています。マウスでは肢が短くなったりする変異系統が得られています。
たった1つの遺伝子に突然変異が起こるだけで、こんな大きな変化が起こることもあるのです。ましてや我々が相手にしているのは数百万とか下手すると数億年のオーダー、その間には幾つの突然変異が期待できるのでしょうか(基本的には種が分岐してからの時間×突然変異率×ゲノムサイズでゲノムあたりの突然変異数が計算できます。基本的にはと書いたのはこの計算が成り立つのは集団サイズが一定の場合のみだからです。そして自然の集団サイズは一定ではない場合も多々あるのです)。
勿論、体制が完璧に出来てしまったヒトやマウスやショウジョウバエではこのような突然変異はその殆ど全てが生存に不利なものになってしまうでしょう(ただしヒトとその他の類人猿の間に見られる腕の長さの差というのはHox遺伝子の突然変異で説明できるのでは、と考えているグループもあります)。しかしまだ多細胞動物の体制が整わない先カンブリア時代だったらどうでしょうか(このHox遺伝子はその頃から動物は持っていたようです)。他の部分がきっちり決まっているからこそそのバランスが崩れて生存に不利になる変異も、他の部分もまだ決まっていない環境では生存に不利でも有利でもない可能性が高いです−−つまり中立ということです。こうしてあの多様性が地質学的には短期間に、だが必要な突然変異の数が蓄積するには十分な時間と十分な個体数が存在しており、カンブリアの大爆発が起きた、とそう説明することは可能です(無論それだけでは説明できないと言う人もいるでしょう、しかしそれで十分だった可能性もあります。現在の研究精度ではいずれとも確認されていませんが、とまれ突然変異&自然選択&中立説で説明は可能なのです)。
まぁ進化の話で説明できるといっても何の意味もありませんけどね。科学で重要なのは検証ですから、説明だけでは不十分です。こればかりは今後の進化学(とくに分子進化学のデータ)・遺伝学&発生学の知見が蓄積されないことにはこのギャップは埋まりませんので。
とはいえ上記の説明に幾許かでも科学的な匂いがするなら、それは既に正しいと確認されている仮説だけで説明している、その一点につきます。
ということで従来の課程で教えられていた高校生物の進化は、適切な先生が適切に指導しさえすれば(そしてそれはどの教科でも同じことなのですが適切でない先生が適切でなく指導したら、そりゃどうしようもないでしょう)、必要にして十分とは言いがたいものですが(個人的に中立説キボンヌ)、基礎を作るに最適ではないまでも適切な部分を教えていたと思います。やや生物学史的なことに偏りがちな気もするのですが、まぁ時代背景も含めて教えていると思えばそういうものなのでしょう。
(それなら基本中の基本だけ教えて他は割愛、というのもうなずけるんですが)ここは俺の認識が甘いかもしれません。
ということでイリーガル・エイリアンと進化の話は後日。つってもネタバレになるんですが、どうしましょう? 今はソース埋没法使えないし。むう。
総統日記13日分への返答、もう第何回目なんだか。阪神淡路大震災の話やセンター試験の話は他の方がされているからいいとして、そーいえばSFM考課表つけようと思っていたのが今年も駄目になりそうなのが一番の影響かも。
ちゅーかオレ自身何をしたいんだかわからなくなってくるし。最初は総統の意見を「それも尤もなような気がするなぁ、でもほんとのところはどうなんだろ」と思うような人ターゲットに書いてた記憶があるんですが、もうその辺は越えてしまったような気がするし、コンコルドの誤算に陥りつつあるような気もするんですが、ま、いっか。
今西進化論については進化のメカニズムを説明することを放棄してるのでそこが「サイエンス」としては失格なんでしょうが、考え方からすると「自然」に思えると正直に云っただけです。少なくとも同じようにサイエンスしていない創造論よりは説得力があるし。それに近い考えをしている俺自身を「とんでも」と自覚しているわけなのであまり目くじらたてることはないのでは?
イリーガルエイリアンの話はネタバレが怖いので(内田さんのリンクからここに飛んでくる人もいるわけですし)、も少しあとで、ということで引用前後しますが
古い種が全滅して変異種だけが生き残るような都合の良い環境変化が起こるんでしょうか?古い種は変異種とは別の場所で生き残れないのでしょうか?
例えば類人猿と人類が共存できるなら旧人がいてもいいんじゃないかと。(ここが勘違いしてるところなのかも?)
自然淘汰で旧人が滅びる理由を説明できるんでしょうか?
中立的突然変異によって旧人が全部人類にシフトした、とすれば成り立つのか?
今宵はここまで。また明日。
えー「タイピング流星拳」で検索して来られた皆様、大変申し訳ありませんが当該記事は多量のごみの下に埋もれています。とりあえずがんがん下へスクロールするか、タイピング流星拳で検索してみてください。……いや、本来うちのサイトは聖闘士星矢ハーデス編の話題とか、先だって文庫化されたB'tXの話とか、リンかけ2ってどうよ、ってな話題がメインのサイトのはずなのですが、ちょっとばかりバランスが狂っているようです。まーファン交の話とかは他の方々に任せておいて、進化の話。
とりあえず分水嶺は越えたような気がしますので、頑張ります。
両生類から爬虫類へのいわゆる「大進化」とサラブレッドを作るみたいなのは別に考えた方がいいと思うんですが、やはり「大進化」も「突然変異」と「自然淘汰」で起こったんでしょうか?
「代」の変わり目では環境激変してダーウィン的進化がんがん発生、といいますが、もし環境という必然に迫られて大進化が起きたならやはり動物はほ乳類だけ、植物は被子植物だけ、になりそうな気がするんですが。うーん、待て待て、ほ乳類に進化しないと死んでしまうような環境でなければ「だけ」にはならんのか。
昔、「シム・アース」(あれって進化シミュレーションだと思うんで)をやってたときはどんな風だったかなぁ?
ということで今西進化論の説明のところで大ポカをしていたのをこっそり訂正してます。くはー読み直してないのがバレバレだー(^^;;)。一応言い訳しておくと、少なくとも一度は文庫本をちゃんと読んだ上で批判してます。流石に原著論文までは読んでないけどさー。
続きはまた明日。
ハーデス編CD入手しそこねています。ってゆーかDVDプレイヤー(別名iMac。メインマシンである)を直す気力がわいてこないのは、ハーデス編を見たくないからなのかも。おあつらえ向きにビデオデッキも壊れている(時々テープを食う)し、このままだと合法的に買ったけど見れない、って環境になるなぁ。こういうのを遁走って言うんでしたっけ?
とまれメインマシン壊れたまんまなので、日記が堆積して凄いことになってます。……とほほ、200kb超えそうだよう(まで書いたときは196kbだったのがアップロード時点では206kbです、すまぬナローバンダーの皆様)。余談ですが、私はkbと書いてあるとつい癖で「キロベース(ペア)」と読んでしまいます。勿論15Gbは15ギガベースです(10bpが確か4オングストロームくらいなので、このハードディスクの長さはどれだけあるんでしょうか)。余談ですがヒト細胞1個当たりのDNAの長さというのは約2mだそうです。ヒト一人分のDNAを全部繋ぎ合わせると、確か冥王星軌道に達するそうです。
ということで進化の話。
あと、実はのださんも避けてましたが、獲得形質の遺伝についてちょっとわからなくなってたりします。
獲得形質の遺伝が、全ての生物種の全ての進化の過程で一回も起きなかったと主張している人もいないでしょう。ただ獲得形質の遺伝を仮定せずとも多くの場合(特に多細胞生物では)説明可能である、あるいは獲得形質の遺伝を可能にするメカニズムが(通常の遺伝子による遺伝より明らかに)貧弱であるから寄与は少ないだろうとかというだけで。
ラマルクの例は否定されているけど、今なお何らかの形で獲得形質が遺伝するメカニズムがあるのでは、という研究だって(ほかならぬ進化学者の手で)なされていますし。(拙日記01/06)
形態とかがどうやって変化して固定するのかが謎なんですが。
人間も縄文時代と現代とじゃ形だけでいえば随分変わってるはずですよね、短期間なのに。
あとヒトの盲腸ですが、これはセルロース分解で説明可能です。
植物の有機物は殆どセルロース(細胞壁の構成物質)という形で保存されています。例外は果実や種子など一部の部分だけです。セルロースを分解するにはセルラーゼという特殊な酵素が必要(基本的に一つの酵素は一つの反応を触媒する)なのですが、実は多細胞動物はこの酵素を持っていません。葉や茎の部分を食べている動物が、それを栄養として取り込むには、他のセルラーゼを持っている生物に分解してもらう必要があります。そのほかの生物(基本的には腸内細菌)の住処になっているのが盲腸なのです。
ヒトの祖先種は草食だったのでしょう。それゆえに長い発達した盲腸(セルロースを分解する細菌の住処)を持っていたと考えられます。しかし樹上生活に適応した際にヒトの祖先種は木の実や果実などを主に食べるようになったのでしょう。それらには豊富にデンプンや果糖、タンパク質といったよりエネルギー効率の良い有機物が含まれています。時期やなる樹木が限られる(ために広い森林の中でいつ・どこで餌が取れるかを把握するために頭脳が発達した可能性が高いのですが)ものの、葉や茎(いつでもどこでも手に入る)よりはずっと高効率、少量(短時間の摂食)でエネルギーを得ることが出来る餌です。
この新たな餌に適応した結果、セルラーゼを持つ腸内細菌との共生関係も終わりました。しかし盲腸はまだ残っていて、たまに雑菌が繁殖して炎症を起こす厄介者と成り果てているわけです。
もし神様がヒトをデザインしたのだとしたら(or宇宙人が遺伝子操作でヒトを作ったのだとしたら)、どうしてこんないらないものをくっつけておいたのでしょうかね。
個人的には胃下垂になる腹腔というのも如何なものかと思います。明らかに垂直方向にかかる力に対して臓器を支える構造がない腹腔を直立二足歩行する生物のためにデザインしたのだとしたら、そいつはオオボケ野郎でしょう。ああ、直立二足歩行の結果それらの臓器を一手に引き受けるために狭まった骨盤の間を抜ける産道のデザインも、やり直しを要求します(笑)! せめてアネカワンの産道を!
ちなみに昆虫はどこかで見た「別の星からやってきた説」を採用してます(苦笑)。でも生態系になじんでるからちょっと無理があるか、とか思ってますけど。
というようなあたりで総統日記13日付けの主な質問には大体答えを書いたと思うんですが、
くどいようですが、キリンやワニや人間がなぜ今の形態になっているのかが「突然変異」と「自然淘汰」では納得がいかんのです。
最後に「進化論」の最大の意義は、「ヒトは特別な存在じゃないよ」という見方を与えてくれることだと思います。地動説が「地球は宇宙の真ん中の特別なところじゃなかったんだ」とコペルニクス的転回を与えたように、ヒトは三つある超生物界の一つ真核生物超生物界の中の、多分〜10くらいある界の一つである動物界の中の、大体20くらいある門の中の脊索動物門の中の、脊椎動物亜門の中の、5つある綱の一つ哺乳綱の中の霊長目ヒト科ヒト上科ホモ属サピエンス種サピエンス亜種に過ぎないんだ(しかもヒト上科の他の種は殆ど滅亡寸前)、ということは、ついヒト至上主義的な見方(ヒトショーヴィニズム)に陥りがちな視点を相対化してくれます。
でもって、私にとってSFというのはこの相対化された視点を与えてくれる作品であるのです。現実の私・ヒト・人類にとらわれない物の見方の片鱗というのを味あわせてくれるSF、それが私にとってのSFなのです。
SFを愛好する人には多かれ少なかれこの「相対化された視点」からの物の見方を楽しむ姿勢があると信じています(……ひねくれたものの見方、とも言うなぁ……)。そういう意味では進化論的な立場から物事を見てみるのは、「たかが一種ほろびるだけじゃん」とかね、とても楽しいことだと思うのです(少なくともSFファンにとっては)。
ということで、忌避せずに、是非、進化論と戯れて欲しいな、と思います。そうすることで、世界の見え方が変わってくるはず。海底の土一平方メートルあたりに新種(未記載)の線虫が何種類いるでしょう、とかね。そんな数字を見てしまうとよしんば神様が生命を作ったのだとしても、とてもヒトを中心に作ったとは思えなくなってしまうのですよ。
教育と進化論の話はまた明日。